「ISUジャッジングシステム」をデコードする

14/01/25初稿
(14/01/01にロンドン記事に追記した内容を増補改訂して独立させました)

 謎のヴェールに包まれた(笑)フィギュアスケート採点法「ISUジャッジングシステム」。
 通称「新採点法」…もう“新”というには違和感ありますね。
 「Code of Points」と呼ばれることもあるようです。

 ソチを控えて最近またちょっと考えたことがあるので以下に記してみます。CodeならDECODEしましょうということで。


■ISUジャッジングシステム資料

 まず、前提となる公開資料の在処(今回使った資料)です。

・TES
・テクニカルパネルハンドブック13-14(JSF和訳版)
 http://www.skatingjapan.or.jp/image_data/fck/file/Figure_ISU_Communication/2013-14_TPHandbook_single_J_ver1.pdf
・Communication No.1790(13-14シーズンのGOEの付け方など:JSF和訳版)
 http://www.skatingjapan.or.jp/image_data/fck/file/Figure_ISU_Communication/comm1790J.pdf

・PCS
・OverView  *05/05/18付けバージョン
 http://www.usfsa.org/content/JS08-progcompoverview.pdf
・Explan  *04/07/31付けバージョン
 http://www.usfsa.org/content/JS08A-Programcompexplan.pdf

*:14/06/16追記:本日ISUトップページからPCS文書へのリンクを発見しました。初稿書いたころには無かったと思うんだけど…
 ということでISU正式版はこちら。

・OverView  *13/10/23付けバージョン 点数の意味づけが違いますが、本考察には影響ないと思います
 http://static.isu.org/media/139116/program-components-overview-2014.pdf
・Explan  *04/07/31付けなので、USFSAの文書と同じバージョンのハズです
 http://static.isu.org/media/104183/program-component-explanations.pdf

・Deduction
・S&P Deductions 2012-06-29(JSF和訳版)
 http://www.jsfresults.com/data/fs/pdfs/comm/2012sp_whois_j.pdf

・PCS和訳
 PCSについては日本語版が見つかりませんでした。本稿考えるにあたり、英語のままだとイマイチ理解が進みません。
 そこで、無謀ながら自らPCS和訳を試みました。英語は宿敵なので全く合ってる保証はありませんが、PCSを自分なりに理解するためにはやむなしと言うことで。


■ISUジャッジングシステムの正体

 さて、上記で(日本語で:PCSは激アヤシイですが)資料は一応揃いました。これをベースにちょっと考えたことを。
 バンクーバー・トリノをうけてルール・ガイドラインについて考えたことの続編、になるでしょうか。そちらに書いた通り「ジャッジは主観」「テクニカルパネルも実は主観」「充分正当とは思えない」がベースになります。

・そもそもISUジャッジングシステムは「芸術性」を評価しているのか
 6点法では

「技術点=TECHNICAL MERIT」と
「芸術点=ARTISTIC IMPRESSION」

でした。
 ISUジャッジングシステムでは

「技術点=TECHNICAL ELEMENT SCORE(TES)」と
「演技構成点=PROGRAM COMPORNENT SCORE(PCS)」

になっており、少なくとも名目上は「芸術(ART)」という観点は無くなっています。 
 また、上記PCSの内容を見るとズバリ「芸術性」や「表現力」などに直結しているとは言い難い気がします。
 煩雑になることもあり、本Blogでは「PCSは一応芸術点の後身」としていますが、「PCS=芸術性・表現力」と短絡すべきではないのではないかと感じています。
 素人にはヨクワカラナイのですが。
 以下その前提で。

・スポーツか芸術か 客観か主観か
 「フィギュアはスポーツか芸術か」なんて話題がよくあります。
 オリンピック種目にまでなってるのですから、スポーツじゃないワケはありません。
 でも、大変芸術性も兼ね備えたスポーツ…確かな技術で芸術性を醸すスポーツ、と言えばいいのかも知れません。

 以下素人ですので間違いあるかも知れません。その点ご容赦ください。

 私は6点法、いわゆる旧採点法の時代からのファンではありません。ので詳しくは語れませんが、ざっくり言うと「技術点」「芸術点」を6点満点で採点するものですよね。その点数の付け方ですが“その時点・その大会における最高峰の選手を満点のイメージ”に置いて選手を点数付けし、それに基づきランキングする「相対評価」だと理解しています。そして、その評価基準は個人の主観と裁量によるものが大きかったということです。
 そのためどうしても曖昧さが残りますが「ジャッジへの信頼」の上に成立していたハズです。
 が、しかし「ソルトレイク・スキャンダル」が起こってしまった。
 そこで「客観的でわかりやすく(実態はさておき)」するために開発されたのがいわゆる新採点法、正式名称「ISUジャッジングシステム」。

 もともと「スポーツ」としての部分はある程度客観的な判断ができるでしょう。しかし「芸術」についての客観的判断は原則的に無理です。個人の趣味の問題ですから。
 6点法ではある種それを割り切っていたように思います。その分技術評価もやや曖昧になっていたかも知れません。
 が、ISUジャッジングシステムでは、技術点の後身たるTESを非常に厳格に規定してある程度の客観性と絶対性を確保(実態はさておき)したと同時に、芸術点の後身PCSの判定にもある程度の客観性と絶対性を盛り込んでいるような気がします。

 ジャッジミーティングやセミナーでGOE付け方は整合されているようです。裁量権を認めておきながら一方では整合するのですから、そのバランスをどうとるのかがとても重要な課題だと思います。
 TES(技術判定とGOE)の整合はまだ理解できます(ていうか回転不足やエッジエラーなどの技術判定の裁量範囲は可能な限り小さくするべき)。が、「裁量という名で主観としての評価が許されている」ハズのPCSも整合されているようです。
 例えば、以下のようなエピソードが。

「(2010年)フランス大会のときに、試合が終わってからのジャッジミーティングで『小塚のスケーティングなら9点台を出してもいいのでは』という話が出たと聞き、とても嬉しかったんです。でもそれはもちろん、ぼく自身がクリーンなプログラムを滑った上でのことですが」
出典:田村明子氏著「銀盤の軌跡」 P.65

   ←田村さんが多用するフレーズ「ご祝儀」「ご褒美」「気前よく」「ジャッジも人間」って具体的にどういう原因と結果のことなのでショね? やっぱり「察してちょうだいね」って意訳すべきなのかな?(爆)

 また、ソチ団体戦プルシェンコSPの採点について以下のような岡部由起子さんインタビュー記事があります。

岡部 ~前略 ただし彼への採点は、非常にジャッジによって点が割れました。特にトランジション(つなぎ)は、ジャッジによって4.5~9.25と点差が出ました。
-- これはジャッジミーティングでも話題になったのでは?
岡部 点差が開いたということは、ジャッジによって見る部分の違いが大きかったということです。プルシェンコ選手の名前を挙げて指摘することは有りませんが、フリーの直前ミーティングではレフェリーから「全てのムーブメントにおいて、どのような身体の動かし方をしているかしっかり見て欲しい」という注意喚起がありました。どの試合でも色々な確認がありますが、やはり点数が割れたことが話題にはなったと思います。

出典:「ワールド・フィギュアスケート別冊 ソチ総特集」 P.72



*関連性はもちろん不明ですが、FSでは6.25~9.25と「バラツキ」は縮小しています。

 PCSも整合されているのです。しかし、です。
 SSやTRの整合はまだ解ります。が、INなんてどうやって整合しているのでしょう?
 と思っていたのですが、それについての貴重な情報がありました。
 J-SPORTS世界選手権2014エキシビション放送アボ演技中の“女子会”において、男子FSでレフェリーを務めた岡部さんが試合後のジャッジの「ラウンドテーブルディスカッション」のお話をされています(岡部さん毎度情報ありがとうございます!)。
 それによると、ジャッジにファイブコンポーネンツそれぞれ良かった選手を挙げてもらい、じゃあ良いと思ったにふさわしい点を出したのか質問し、「今思うともっと出すべきだった」というような想いを引き出し、それを次回に繋げていくようです。まさにINについて例に引かれていました。

・裁量か整合か
 「PCSにも整合がある」ということは、ISUとしてのマスな芸術的審美眼=「組織としての主観」を画一化することも可能、と言えるのではないかと思います。
 もしそうだとするなら、その“審美眼の絶対基準”は一体誰がどう決めているというのでしょうか。

 突き詰めて言うと、テクニカルパネルも演技審判も(TESもPCSも)「長年の経験やトレーニングに基づいて認められた裁量という名の主観で責任を持って判定している(ハズ。個人的にはテクニカル判定に裁量は不可だと思うけど)」と理解しています。芸術性を含む“採点競技”であるがゆえに複数の人間の異なる価値観に基づく判定結果の平均をとっているのですから、「価値観の差違」は認められているハズです。
 しかし、ジャッジミーティングやトレーニングによる整合は、「裁量という名の主観」という個性と独立性を充分に担保しているのでしょうか。

 それがうまく機能していないように感じることが「ISUジャッジングシステム」による採点結果の違和感の正体ではないかと思っています。

 ちなみに、感性の違いを認めるなら、理想的には「地域」や「世代」もバラけさせるべきでしょうね。現実的には難しいのでしょうけれど。

 なお、「整合」とは表だったものだけではないでしょう。町内会のドンの意見には逆らえない…みたいなこともあると思います。

・ISUジャッジングシステムは「芸術性重視」?
 女子FSを例に見てみたいと思います。
 ざっくりTESを技術点・PCSを芸術点(正確には不正確ですが)とみなすと、トップレベル選手のBaseValueは約60。GOEはミスなくいい演技すると約10(要素は12なので1要素平均0.8程度ですから矛盾はないでしょう)。PCSは10点満点の9.0弱程度を出すようになってきていますので5項目とファクター1.6で約70。

 (BaseValue60+GOE10)+PCS70=140

 例:全日本2013のアッコちゃん(非ISU大会ですが得点構成の例なので。ヨナは別格すぎて使えない(笑))
 (BaseValue60.01+GOE12.10)+PCS72.88=144.99

 TESとPCSでおおよそ半分ずつくらいの配分でしょうか。結構上手いこと考えてると言えるのかも知れません。

 が、TESはミスの有無で大幅に変動します。例えば

  成功:3Lz+3T:10.1+GOE1.9=12.0   ⇒  失敗:すっぽ抜け単独3Lz:6.0-GOE2.1=3.9

ひとつのミスだけで実に8.1の変動があるワケです。後半の技ならさらにBaseValueは1.1倍効いてきます。

 一方、PCSはもし大技をミスしても大きく変動しません。

 ですので、PCSで高評価を獲得済みの選手は基本的に有利になります。実際、かなり気のない演技(「ミスした演技」と同義ではありません)してもPCSは10%も下がりませんから。
 逆に、素晴らしい演技してもドッカンと上がるものでもないようです(上がることもあるようなので困るのですが(苦笑))。

 例:ヨナのバンクーバーFS→トリノFS TES:78.30→66.45で84.9% PCS:71.76→65.04で90.6%
 例:真央のGPF福岡SP→ソチSP TES:37.45→22.63で60.43% PCS:34.91→33.88で97.05%
 例:真央のソチSP→たまアリSP TES:22.63→42.81で189.17% PCS:33.88→35.85で105.81%
 例:カロのソチFS→たまアリFS TES:68.84→53.81で78.17% PCS:73.77→73.78で100.01%

*例は同シーズンの連続したISU大会でデキが極端に違った演技を抽出したものです。

・ISUジャッジングシステムは「スポーツ性重視」?
 素人考えかも知れませんが、実は、TESってレベル規定にもGOE要素にも、それを満たすには“必然的にウツクシク”なってしまいそうな部分がほとんど見当たらないんですよね…

 例えば、スピンのGOE判断には「姿勢が良い(原文"good position")」なんて項目がありますがMust項目というワケではなく、8項目中6項目満たせば(裁量に依れば6未満もアリ)GOE3ですから、
 極論すると「姿勢が悪くてもGOE3は可能」
なんですよね(さすがに“拙劣”まで悪ければマイナスGOE要件に引っかかりますけれど。なお、当該要件にある“美しさを損なう”は技術的な巧拙ではなくフィギュアとしてダメって意味でしょう)。

 タノ付きジャンプなども、GOE判断「3) 空中での姿勢変形 / ディレイド回転のジャンプ」に該当するのでしょうけれど、だからウツクシイかというと疑問でしょう。

 逆に
 つま先から指先(時にはアホ毛の先まで(笑))まで神経の行き届いた繊細な所作や力強い躍動しても、GOEは上がるとは限らない
のです。そういうGOE評価項目ありませんので。

 でも、私たちはウツクシイ演技やカッコイイ演技に感動しますよね。それは選手の努力の積み重ねとフィギュアというスポーツに向かう真摯な姿勢から醸されるものでしょう。しかし、そういう「所作やポジションのウツクシさ(敢えて言うなら真摯な姿勢も含め)などから醸される芸術的価値」はTESの点にはならないようです。
 一方、それを点にするハズのPCSは「どうしてその選手はそういう評価なのか」は全くのブラックボックスな上、上述の通り演技ごとにはあまり変動しません。
 ので、「美しかった」「かっこよかった」「感動した」と思った場合にも、我々が感じた価値ほどはTESにもPCSにも反映されないのです。「キレイに見えなかった」「雑だった」場合もまた真です(ここワリと重要)。

 つまり、観る側が感じるそういった「“Emotionalな価値”に見合った点数反映はない」のが「ISUジャッジングシステムの現実」と言えるのでは。

 非常にもどかしいですが、そもそも「“スピンで姿勢が良い”は当然ではなくGOE要素」ということ自体が意外というか驚きです。

 「フィギュアは美しくあるべき」と語るフランク・キャロル氏は現採点法に納得いかないことが多いそうです。
 名コーチの言葉です。

美しいスピンとは、どのようなスピンだと思いますか? 背中で美しいアーチを保った姿勢で、ほとんど摩擦がない軽やかなレイバックスピンを30回転回ったとする。それは見ていて豪華なものです。でもこの採点方式では、まったくポイントにならないんですよ。ゼロです。
出典:田村明子著「銀盤の軌跡」 P.145

 採点のうち、TESは、“技術点”ですからそれも仕方ないのかも知れません。しかし、TESには「ウツクシサは関係ない。純粋に技術的評価」という傾向があるにも関わらず、「女子も技の点数が男子と同じ=女子における難度に相応する点数(技術の評価)になっていない」という矛盾が。
 4年前にも指摘されていたこと(「■2.ルールの合理性について」項参照)です。

 15/12/11追記。ISUジャッジングシステムって「男子基準」で作られてるんじゃないか(上記のような女子の矛盾は無視)って気がして仕方なかったのですが、TESと50:50にするためのPCS係数、男子SPが“1.0”ということからしてもやっぱり男子が基準なんでしょう。

・高難度か完成度か
 男子の4回転がいい例ですが、選手サイドが「跳ばずに勝てる」と思うなら(そこまで3A以下の完成度を高められるなら)そういう戦略でいいと思います。しかし、スポーツな以上「“跳ばない方が勝てる”というルールはよろしくない」でしょう。なのでバンクーバー後大きな改定が行われ、3Aや4回転などの基礎点が上がりアンダーローテという考え方が導入されました。しかし男女で基礎点が変わることはありませんでした。
 そして。
 男子は4回転を「跳ばないと勝てない」になり、4回転時代が復活しました。
 女子にはドラスティックな変化は起こりませんでした。

 男女で基礎点は同じなのに、FSでは男子はジャンプ要素8個、女子は7個という違いがあります。そのため男子では、いわゆるザヤックルールに引っかからないように勝てる構成にするには4回転が必須になっています。一方女子はジャンプ要素がひとつ少ないため、「3Lzより高得点のジャンプを組み込まないと圧倒的に劣る」という状況にはなっていないでしょう。基礎点からすると女子にとっての3Aは「ハイリスクローリターン」ですし。
 そのあたりにISUの明確なビジョンが読めないところが違和感あります。

 女子にとっては、敢えて言えばSPの必須エレメンツが「2A」から「2Aまたは3A」に改定(*)されたのは高難度挑戦を促すものだったと言えるかもしれません。しかしSPはひとつのミスが命取りになるからでしょう、真央以外に挑戦する選手は現れませんでした。

*:バンクーバー後の改定内容に関する記事
 http://www.nikkei.com/article/DGXZZO10361220S0A700C1000000/
 「ジャンプに質を求める」というISUのコンセプトは理解できますが、スピンやステップ…ひいては「演技全体の質」向上はどうなっているのでしょうね。

・ここでちょっと「SPルール改定」について
 上記の通り4年前アクセルについては改定されましたが、改めて現在のルールを見ると、シニア女子の「ステップからのソロジャンプ」はトリプルに限定されており、かつての「アクセルジャンプ」と同じ状態なのですね。「女子クワドジャンパー」が出てきてアタフタする前に改定しといた方がいいんじゃないですかね?

 ていうか、逆にこういうルールがあるからクワドに挑戦する女子が出てこないのでは?

 「SPは規定要素の出来栄えを競うもの」だとしても、スポーツであるなら高難度を制限するのは解せません。また、本当にそれが目的だと言うなら規定要素は同じ技(というか同じ回転数)に限定してしまうべきで、アクセルを「ダブルまたはトリプル」へ変更したのは間違いでしょう。が、そもそも男子のソロジャンプは以前より「トリプルまたはクワド」であり“限定”はありませんから、ずっと間違っていることになります。
 男子でクワドが許可されたのは88-89シーズンだったそうで(*)、すでにクワドジャンパーが多く存在した状態だった、という点で女子アクセル改定とは背景事情が違うようですね。しかし、事情の違いとしてはもっと抜本的に6点法とCoP法という違いがあります。現在は「絶対評価」で得たSPとFSの合計点で順位が決まり、コンマなん点の絶対的点数が勝負を分けます。競技スポーツである以上、より高得点を狙うことを禁止すべきではないと思います。
 その意味では、そもそも回転数を指定するのをやめて「ダブルアクセル以上」とかにしておけばいいと思うのですが。ゆずるんに「クワドアクセル」跳んでもらうためにもね!

*:http://number.bunshun.jp/articles/-/824503?page=2

 あくまでも「ショートは規定要素のデキを競うものなんだってば!」というのなら、フリーとは演技の目的・価値が大幅に違うということですから、採点方法はそれぞれに最適化すべきじゃないかと思ったり。実施要素をこれって決めちゃった上で、例えば基礎点なんて無くしてGOEのグレードを±6にするとか?

 もし、ジャンプ難度を制限しているのは「ケガのリスク低減というコンセプト」に基づくと言うのなら、FSには制限がないことと矛盾します。
 また、他に優先してやることある気がします。例えばビールマンスピンに何らかの規制いれた方がいいんじゃないでしょうか。私は素人ですが、荒川静香さんが「誰も語らなかった知って感じるフィギュアスケート観戦術」P.31でビールマンスピンによる負傷の危険性についてISUの課題だと書いてらっしゃいます。が、現実には規制どころか女子スピンのレベル要件になってますよね。
 「ジャンプ制限はケガリスクを考えてるから説」は成立しえないと思えます。

 やっぱりISUは「女子には高難度ジャンプで勝負して欲しくない」のだと思わざるを得ないです。

 17/02/26追記:佐藤コーチに当のビールマンさんが語ったという言葉です。

 もう20年以上も前、ビールマンスピンの本家本元、デニス・ビールマンが僕のところに直接言いに来たことがあるんです。「ミスター佐藤、このビールマンスピンはたくさんやらせちゃダメよ。絶対腰を痛めるのよ。私がそうなんだから」と。思わず笑ってしまいました。その忠告を肝に銘じて、初心者の子には必ず「ビールマンスピンをやって腰痛になることだけは気を付けなさいよ」と、ひと言、付け加えるようにしています。
出典:https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/othersports/figure/2017/02/22/post_6/index_7.php

・意外な正体
 TESには「高い芸術性を生み出すためにも高い技術を求める」という方向性が抜けている気がします(*)。

 といって、

 PCSには上記の通りGOEみたいな変動要素がない。そもそもなぜそういう評価なのか完全秘匿(集団表層主観?)。


*:荒川さんの著書「知って感じるフィギュアスケート観戦術」P.38に「バックインサイドスパイラルのように、どう見ても美しくないものも、レベルのためにはやらなくてはならなかった」といった記述があります。当件は現在は変更されているとはいえ、ISUジャッジングシステムの根本価値観を見る気がします。

 以前調べた時は
「実はPCSだけでなくTES(テクニカル判定もGOEも)も裁量という名の主観」(敢えて極端に言えばですが)
だと気づいてビックリしたものですが、今回は
「主観は裁量という名で認められている一方で整合されてるっぽい」
「実はフィギュアってウツクシサは点にならない」
(なってるかも知れないが完全非公開なので観る側には全くワカラナイ)
「逆に言うとウツクシクなくても減点されるワケじゃない」
と気づいてまたビックリです。

 ああ、驚いた。
 本稿書いてるウチに、そのヘンが「素人たる観戦者と玄人のISU」間にある違和感の根本原因なのかもと思えてきました。

 「フィギュアはウツクシク・カッコよくあるべきっしょ~! TESもPCSもそういう出し方しろやコラ(ウツクシクなかったら出すなコラ)」 ←心の叫び

 例えば「ポジションが美しいこと」は必須要件にするか、ちゃんと点にすべきじゃないのかなぁ。

 個人的には、フィギュアスケートというスポーツにおいては、

 「高い技術は必然として高い芸術性を有すもの」であって、
 「高い芸術性を伴わない高い技術」は本当の意味で求められる技術ではなく、
 「技術なく芸術性を醸すことはできず」ゆえに
 「高い芸術性がない=高い技術はない」

だと思ってます。
 ISUさんはどう思ってらっしゃるのでしょう(そう思ってらっしゃらないようですけど(苦笑))。

 「アスリート兼アーティスト」まっちーの弁です。

--質の良い4回転が決まると会場の空気が一変しますものね。プログラムの完成度が一気に上がります。
「そう。極めれば『技』も芸術なんです。ただ跳ぶだけのジャンプは『技術』に留まるけれど、美しくやり切ることによって『芸術』になりますから」

出典:「フィギュアスケートDays Vol.18」P.15



 キャッチコピーみたいな書き方すると「PCSにもGOE…“Grade Of Emotion”を」てなカンジでしょうか。
 難しいですね。芸術性をどうやって客観的に数字で評価するかというまさに永遠の課題、かな。

 しかし、10.00が出るようになったらPCSもオシマイですね。バンクーバー後にはTESには結構手が入りましたが、ソチ後はPCSが改定されそうな気がします。
 最後の採点基準となるなら、ソチの採点は暴発するかも知れませんね。


■「充分正当性があるとは思えない」について

 本項14/02/13追記:本Blogでは表題の考え方していますが、一応説明しておこうかと思います。
 「充分正当性があるとは思えない」とは「不正である」という意味ではありません。文字通りの意味で使っています。

 「上下カットした平均値を使っているのだから、ジャッジ(正確にはテクニカルパネルも)全員を買収しないと意図的点数は出せない。そんなことは現実的ではない」だから正当である、という論を見ます。私も「全員買収」など非現実的だと思っています。
 がしかし、そのことは「充分に正当である」保証にはなり得ないとも思っています。

 本稿で前述したように、GOEやPCSはジャッジミーティングで整合されているようです。おそらくテクニカルパネルの判定についても整合はあると推察します。
 TESについては極力客観的であるべきですのでそれはいいでしょう。
 一方PCSは、シニア参戦直後や復帰明けの選手、“ものすごく6点法時代っぽい演技をする選手のトランジション”などにはバラつきが見られますが、実績を確定させた選手のそれはその時々のデキにあまり左右されませんしバラつきも少なくなっています。それは、本来ジャッジの裁量によって付けていいハズのPCSにも「TES並みの整合」があるからではないかと思わせます。

 ジャッジには監査があり能力に疑問ありとされるとジャッジできなくなるそうです。ジャッジ能力の確保のためとされていますが、逆に異端分子の排除にも利用できます。
 また、テクニカルパネルの判定は傍聴されているそうです。不正監視のためとされていますが、逆に意図に沿うよう監視することも可能です。

 よって、もしISUの意向というものがあるなら、それを具現化する“重鎮”数名の見解をとりまとめさえすればある程度意図的点数を出すことは可能と考えられます。
 少なくとも「ジャッジ全員を買収~」なんて必要ない、とは言えるでしょう。

 いずれも“ISU内部で閉じている”から正当性を保証できないんですね。ジャッジ匿名制に始まり、GOEやPCSの理由も秘密、ジャッジミーティングの内容も秘密、抗議も受け付けないのですから。
 真に正当であらんとするなら、すべてを公開するか外部機関の監査を入れる必要があるでしょう。
 しかし現状、ソルトレイク事件を受けてなお、充分そのような姿勢があるようには見えません。
 ゆえに「充分正当性があるとは思えない」のです(そもそもフィギュアに限らず国際的なスポーツ組織が全くクリーンだとは思えないッス)。
 ただし、あくまでも正当性の担保のことを言っているのであって「不正がある」と言っているワケではありませんので念のため。
 だって何も証拠ありませんから。

 あの人に逆らうと後々メンドクサイからな~って町内会長の意見に迎合したり、職場で意思決定会議の前にすでに結論が決定しているような雰囲気があって仕方なく賛成したりするようなのは不正とは言わないッスもんね(爆)。

 「空気」に逆らって自分の信念を貫いても、テクニカルパネル&ジャッジにはデメリットこそあれメリットありません(本当なら志を貫いたという誇りこそがメリットなハズですけど)。おそらく少数派でしょうからその志ある採点は結局選手の成績に反映されないでしょうし(上下カットで消えていく(爆))。
 逆に、迎合しておけばデメリットはありません。「ちょっと本意じゃない採点しちゃったナ」という気持ちが残るだけです。選手の成績がどうなっても採点する側には自分のプライド以外に不利益はないですから。失礼な言い方だと思いますが、ISUのジャッジはプロではなく“究極のスケオタ”さんですから、ジャッジする機会を減らされる・失うことは避けたいでしょう。
 会社で「なんでも自由に意見を言ってくれ」って言われて真に受けたら飛ばされた、町内会のドンに逆らったらハブられた、なんて話があったとしたら「ありそうな話」と思う方も多いのでは。思うなら、ISUはそうじゃないと思えます?
 「ISUジャッジングシステムのデキ」や「判定者の技量」がたとえどんなに優れていても、不正監視システムがあっても、“不正はない”ということにはならないでしょう。前述の通り非公開&身内主義である限り。

 システムや個人の技量に問題ないといくら説明されても、本質はそこではないので響いてきません。
 「組織の品性」の問題だと思いますので。

 もう一度念のため記しますが「不正がある」と言っているのではありません。システムや技量のことをいくら言っても不正がない・できない証明にはならない、と思っているということです。


 前述の田村氏の著書からもうひとつ引用を。当採点法の策定にも深く関わったというクリック夫人の言葉です(「その場」とはご自身が講師を務めたジャッジセミナーを指す)。なお、初出は「ワールド・フィギュアスケート No.58」P.42~の記事であり、「夫人ご自身は信念に基づいて採点している」というのが前提でのご発言です。

その場では、多くの人々から良い反応をもらいました。でもそれが現場では必ずしも生かされていない、どうしてなのかわからない。人々が理解するのに時間もかかるし、選手は常に進歩しているのに、心の強いジャッジでなくては過去を振り切れないこともあるのでしょう。
出典:田村明子著「銀盤の軌跡」 P.111


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