「有難き幸せ」

17/04/14初稿

 真央が現役選手を終えました。

 決して悲しいことではないです。
 もともと真央は“選手としての浅田真央”にけじめを付けるために(これ以上できないと思うために)戻ってきました。その真央が「悔いはない」という以上、何も足りなくないし何も望むことはないのですから。

 記者会見、密着取材特番を観た後、感じていることを“記録”しておこうと思います。
 「=フィギュアを透して浅田真央に感じ入る=」などと掲げてることですし。

浅田真央報道写真集
浅田真央報道写真集

 もちろん平静ではいられません。
 でもそれは、
「勝手に思い描いてた引退の風景」と現実のそれがちょっと違ったことに戸惑っているだけ。
「10年以上続いた日常」の急変への適応に時間がかかっているだけ。
「真央が目指した至高の演技」が叶わなくなった残念感を受け止めきれていないだけ。
と、必死に言い聞かせてます(笑)。

 至高の演技。それは現役中に一度あるかないか、奇跡への挑戦だと分かってはいましたが、「ものすごいものが観られるかもしれない」と夢見させてくれました。フリップループやルッツエッジの認定までこぎつけていましたし。
 終わってみると、フィギュア選手としての足跡そのものが、真央の魅力の根源だと思っている「美しき不完全性」だったなと。それは間違っても「悲劇性」などではありません。

 久美子先生も仰ってましたが「2枠になったから」は決断要因にないと思っていました。真央はそんなに小さくない!(自分に対しても枠を競う相手に対しても)。
 実際、決めたのは2月とのこと。発表がこのタイミングになったのは「世界選手権前、直後、国別対抗直前は避けた」「GP派遣調整などが始まるので4月中旬がギリギリ」「密着取材の舞とのスケジュール調整」などの単なる事務的な事情でしょう。

 真央は「やりきった」と思うことはないのではないかと思っていました。何かを達成しても、体ができるなら、さらに高みを目指す人ですから。
 もはや自分がやりたいフィギュアはできないと判断したのだと思います。それも、主に“気持ち”の問題として。
 真央は一人称によく「真央」を使います。自分のことなのに「~じゃないかと思う」といった言い回しをすることもあります。どこか自分を客観視しているところがある気がするんですよね。「浅田真央から逃れることはできない」といった発言もありました。
 全日本が終わりひとしきりリフレッシュした後、“来期の目標とそれを成し遂げんとする気力”が沸いてくるか否かで決めたのではないかと。
 それは遂に無かったわけですが、それほどに膝も腰も限界だったのでしょう。が、それは気力が戻らなかった要因のひとつであって先んじた原因とは思っていません。

 真央らしい記者会見でした。
 フィギュアとは何かと問われ、困りながら「人生」と答えてました。私には「生き様」と聞こえました。
 本当は「つらいことはなかった」わけはありません。最後まで弱音は吐きませんでしたね。
 涙見せまいとくるりと後ろ向いちゃう姿がたまらなくキュートで泣き笑いしました。絶対泣かない、笑顔で終わるって決めていたのでしょう。最後まで頑固でしたね。


 ただ一言、ありがとうしか言葉はありません。同時代に生き、ファンになれて応援できた幸せ。
 まさに「有難き幸せ」。
 そしてお疲れさま。真央に、真央に幸あらんことを願っています。

ありがとう浅田真央 2017年 5/13号 [雑誌]: サンデー毎日 増刊
ありがとう浅田真央 2017年 5/13号 [雑誌]: サンデー毎日 増刊


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